釧路地方裁判所 昭和34年(行)1号 判決 1961年4月18日
原告 林喜太郎
被告 北海道網走支庁長
主文
別紙目録記載の鉱業権について昭和三三年五月二三日被告のなした公売処分に対する原告の異議申立に対し、被告が昭和三三年七月二八日なした異議申立棄却の決定を取消す。
被告が別紙目録記載の鉱業権について昭和三三年五月二三日なした公売処分を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として「別紙目録記載の採掘権は昭和三一年八月二五日以来原告と訴外池田一夫との共有であるところ、被告は原告および訴外池田一夫が右鉱業権の鉱区に対する昭和三二年度鉱区税五万九、八八〇円、督促手数料二〇円、延滞金四、四六〇円、延滞加算金二、九九〇円の合計六万七、三五〇円の滞納処分として右鉱業権を差押え、昭和三三年五月二三日これを公売に付し、訴外池田宰三においてこれを代金一二万二、五〇〇円で落札して買受け、札幌通産局昭和三三年五月二九日受付第一、九七七号でその旨の採掘権移転登録がなされた。
しかしながら右公売処分は以下に記す通りのかしがあるので取消さるべきものである。
(一) 鉱区税の徴収にあたつては納税義務者に対し徴税令書を交付しなければならないのに拘らず、上記鉱区税については納税義務者である原告にその交付がなく原告の具体的税債務が発生していない。なお原告は昭和三二年五月二〇日留萠市本町一丁目五二番地から函館市に転出した。
(二) 鉱区税滞納処分をなすについては納税義務者に対し地方税法(昭和三四年四月二〇日法律第一四九号による改正前のもの以下同じ)第一九八条第二〇〇条第一項により督促状を送達しなければならないのに拘らず、右鉱区税については原告に対しその送達がなされていない。
(三) 鉱区税滞納処分として差押をなすときは地方税法第二〇〇条第一項旧国税徴収法(昭和三四年四月二〇日法律第一四七号により改正前のもの、以下同じ)第二三条の二第一項により鉱業権の権利者に通知しなければならないのに、本件差押えについては原告にその通知がなされていない。
(四) 本件鉱業権には滞納処分による差押前、昭和二六年八月一一日付根抵当権設定契約に基き株式会社北海道銀行のために債権極度額六〇万円の根抵当権が設定され同年同月一四日付で鉱業原簿に登録されていたのであるから、その差押えについては旧国税徴収法施行規則第一二条第一項により被告は滞納処分費税金額その他必要事項を抵当権者に通知しなければならないのに拘らず、右抵当権者である株式会社北海道銀行に対して右通知をなしておらず、同銀行は公売に参加し配当要求をする等自己の権利の満足を図る機会を与えられなかつた。而して、抵当権設定者鉱業権者としても抵当権者が利害関係者として正当に公売に参加することにより公売価額配当等に関する手続が適正に行われることについて重大な利害関係を有するので、抵当権者に対する通知を欠く公売処分の取消を求める法律上の利益を有する。
(五) 本件公売処分については被告において上記の如く本件鉱業権の見積価格を金一一万九、〇〇〇円と定めているから、被告は差押財産の価格が滞納処分費および税金に先立つ債権額に充てて残余を得る見込みがないものとして旧国税徴収法第一二条第一項第一号により滞納処分の執行を停止すべきであるにもかかわらず、これを停止せず公売を実施したのは滞納処分本来の目的を逸脱しており、徒らに公売財産の所有者等の権利を失わせ抵当権者をも満足させず違法に国民の権利を侵害する無益な滞納処分であつて、旧国税徴収法の右執行停止の規定の仕方が裁量的であるとしてもかかる有害無益の処分はその法律の精神から見て違法である。現に被告は本件公売処分に対する原告の異議申立後一たん公売代金を税金に充当収納したのを取消して抵当権者に交付し、採掘権者に余剰金として交付した金員の返還を求めている状況である。
(六) 本件鉱業権の市価は昭和三二年九月当時金六九五万円であつたのに拘らず、被告はその見積価格を右市価より著しく不当に低い金一一万九、〇〇〇円と定めて公売し一二万二、五〇〇円の低廉な価格で落札させた。
(七) 本件鉱業権は原告と共同鉱業権者であつた訴外池田一夫がこれを自己の単独所有にする目的で原告不知の間に印鑑を偽造して鉱業権代表者を原告から同訴外人に変更する登録をなし、原告に対して税金の滞納、督促及び滞納処分の事実を秘匿して被告に公売処分を実行させ、自ら滞納者であつて旧国税徴収法第二六条により直接と間接とを問わず落札者となり得ないのに拘らず、その弟訴外池田宰三の名義で自ら落札してこれを買受けたものである。
よつて原告は昭和三三年六月九日地方税法第二〇〇条第一項第二項によつて被告に対し右公売処分に対する異議申立をなしたところ、被告は昭和三三年七月二八日右異議申立を棄却する旨の決定をなした。しかしながら本件公売処分には上記の如き取消原因があり、被告の右異議申立棄却の決定は失当であるので、右決定並びに公売処分の取消を求める。」
とのべた。(証拠省略)
被告指定代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として「原告主張事実中本件鉱業権が昭和三一年八月二五日以来原告と訴外池田一夫との共有の鉱業権であつたこと、本件鉱業権に対し原告主張のとおり抵当権設定登録がなされていたこと、被告が原告主張どおりの鉱区税、督促手数料、延滞金、延滞加算金の滞納処分として本件鉱業権を差押え、原告主張の日原告主張の通りの公売処分及び採掘権移転登録がなされたこと、右差押えに際し本件鉱業権上の抵当権者に対し差押通知をしなかつたこと及び被告が一たん本件公売代金を税金に充当収納したのを取消してこれを抵当権者に交付し、且つ採掘業者に余剰金として交付した金員の返還を求めたことはいずれもこれを認めるが、その余の事実はすべて争う。即ち
(一) 被告は昭和三二年五月三一日を納期とする北海道税昭和三二年度定期鉱区税五万九、八八〇円の徴税令書を昭和三二年五月一四日令書番号一九一号で発付し、第一種郵便で原告である鉱業権代表者留萠市本町一丁目五二番地林喜太郎(この住所は当時の鉱業原簿の登録によつたもので、原告は昭和三三年一〇月五日函館市に移転するまで右住所に居住した。)外一名宛郵送してその頃原告に交付した。
(二) 前記鉱区税は原告において納期を徒過したので被告は納期限を昭和三二年七月三一日と指定して同月一六日令書番号一九一号で督促状を発布し、第一種郵便で滞納者である留萠市本町一丁目五二番地原告林喜太郎外一名宛郵送してその頃原告に交付した。
(三) 本件鉱業権の差押通知は昭和三三年三月四日北見郵便局引受番号第二六一号書留郵便で原告に、又同郵便局引受番号第二五二号書留郵便で本件鉱業権の共有者であり且連帯納税義務者である訴外池田一夫に対して、いずれも送達済である。原告宛右書留郵便は原告の前記住所において原告の元使用人訴外鎌田鉄雄が昭和三三年三月五日代理受領し池田一夫においても受領済である。仮に右差押通知がないとしても鉱業権の差押は差押登録によつて完了するから本件鉱業権の差押は有効である。
(四) 抵当権者に対する差押通知は抵当権者に配当要求の機会を与えようとするものであるから、本件抵当権者に対し差押通知のない事実は原告の利害に関係なく原告がこれを違法事由として主張することはできない。
(五) 国税徴収法第一二条第一項は同項各号の場合に課税権者に滞納処分を停止する義務を課したものでなく、滞納処分を停止すると否とはこれを課税権者の自由裁量にゆだねたものであるから被告が原告に対する前記滞納処分を停止しなかつたことによつて該処分に瑕疵を生ずるものではない。
(六) 別紙目録記載の鉱区は過去において断続的に若干採鉱作業が行われた形跡はあるが近年この作業も中断され地上施設等皆無の廃山同様の状態にあるのみならず、未だ本格的な採鉱をする程の鉱石品位および埋蔵量のある証拠もなく専門的技術者によつても科学的評価は困難であつたので、被告は従来の同種鉱区の見込売買の慣例に従い公売の特殊性をも考慮して客観的判断のもとに公売最低見積価格を一一万九、〇〇〇円と算定したものであり、右価格は適正妥当である。又公売に当つては所定の公示方法の外二回にわたつて新聞公告を行うなどして広く一般に参加を求め公正且高価な公売の成立に努力した。
(七) 本件鉱業権の公売処分に関して訴外池田一夫が計画的不法行為をしたとの事実は知らない。本件鉱業権の落札者は訴外池田宰三であつて、池田一夫が実弟池田宰三名義で右鉱業権を落札したとの事実は知らないし、公売手続の際にもわからなかつた。国税徴収法第二六条は訓示規定であつて滞納者等が買受人となつていたことが公売後に判明した場合該公売処分の効力に影響を及ぼすとの趣旨の規定でないから、仮に訴外池田一夫が他人名義で買受けたとしてもこれは本件公売処分の効力に影響を及ぼすものでない。」
とのべた。(証拠省略)
理由
原告と訴外池田一夫とが昭和三一年八月二五日以来別紙目録記載の採掘権を共有していたこと、被告が原告及び池田一夫に対し右採掘権の鉱区についての昭和三二年度鉱区税督促手数料延滞金延滞加算金合計六万七、三五〇円の滞納処分として右鉱業権を差押え、昭和三三年五月二三日これを公売に付したこと、並びに右公売において訴外池田宰三がこれを価額一二万二、五〇〇円で落札して買受け、札幌通産局昭和三三年五月二九日受付第一、九七七号をもつてその旨の採掘権移転登録がなされたことは当事者間に争いがない。
原告は本件公売処分は旧国税徴収法第一二条第一項第一号によりこれを停止しなければならないのに停止せずになされた違法な処分であつて取消されるべきものである旨主張するのでまずこの点について判断するに、成立に争いのない甲第一号証、乙第一一号証、第一七号証の二第一八号証の一ないし三、証人池田与市の証言によつて真正に成立したものと認める乙第一四第一五号証並びに同証人の証言を綜合すれば、上記鉱業権については昭和二六年八月一一日債権者株式会社北海道銀行と当時の右鉱業権者訴外土屋繁一の間に訴外国際振興株式会社の右銀行に対する債務につき債権極度額六〇万円の根抵当権設定契約がなされ、札幌通産局同月一四日受付第二、七三五号をもつて鉱業原簿に右根抵当権設定登録がなされたこと(右登録のある事実は当事者間に争いがない)、その後昭和二七年一月二四日社団法人北海道信用保証協会の代位弁済により右根抵当権は債権額五一万八、九八〇円の被担保債権とともに右協会に移転し同通産局同年六月一二日受付第二、九六七号をもつてその旨の付記登録を経由したこと、一方右鉱業権は転々譲渡されて上記の如く原告と池田一夫の共有となつたこと、ところで右鉱業権の鉱区は石北線留辺薬駅の北西二、三粁の地点にある水銀鉱床であつて保盛鉱山と称され(かつて金銀鉱を目的に探鉱がなされたことがあつたが利用価値のある金銀鉱は発見されていない)、従前探鉱作業の行われたことがあるが、未だ本格的な探鉱は行われておらず、探鉱の結果鉱況も必ずしも良好でなかつたため現在では探鉱も採掘も全く行われておらず、埋蔵量の算定も困難で鉱石の平均品位も〇・一―〇・二%程度と推定されるだけで、右鉱業権の価格について科学的根拠のある合理的な評価を行うことができない状況にあること、勿論この程度の鉱山であつても売買が全く行われないわけではなく、かような鉱山も一般に鉱山業者の間においては屡々取引されているのであるが、その場合の評価の方法は所謂「見込買」であつて科学的には何等根拠のない漠然たる見込評価によるものであつて「被告が本件公売につき定めた右鉱業権の見積価格金一一万九、〇〇〇円(本件公売の見積価格が右の通りであることは当事者間に争いがない。)も著しく低廉な価格ではないことを認めることができ、右見積価格をもつて入札による公売を実施すれば右価格に近い価格を以て落札するに至るべきことはこれを推認するに難くない。もつとも成立に争いのない甲第五号証の一ないし四〇及び原告本人尋問の結果によれば、右鉱業権につき昭和三二年八月頃代金六九五万円をもつて売買契約が成立したことのある事実が認められるが、右売買契約は結局履行されずに終り、その代金額も右にいう「見込買」による代金額であつてこれをもつて右鉱業権の一般取引価格ということはできず、他に上記認定を覆すに足る証拠はない。そうだとすれば本件滞納処分は差押財産の価額が滞納処分費及び地方税法第一五条第八項により上記鉱区税に先立つて徴収する債権額に充当して残余を生ずる見込みがない場合に当ることに疑いがない。
ところで本件公売処分当時に施行されていた昭和二六年三月三一日法律第七八号により改正せられた旧国税徴収法第一二条第一項は同項第一号ないし第四号に該当する事由あるときは滞納処分を停止することができる旨規定し、一見滞納処分を停止するか否かを課税権者の自由裁量に委ねたものであるかの如くであるけれども、右昭和二六年法律第七八号による改正前の旧国税徴収法第一二条及び昭和三四年四月二〇日法律第一四七号による改正後の同法第四八条第二項が何れも無益の滞納処分の停止、無益の差押の禁止を義務的に規定しているのと対照して考えるならば、右昭和二六年改正の同法第一二条第一項の規定も強制執行における無益の差押を禁じた民事訴訟法第五六四条とその趣旨を同じくするものであつて、差押財産の価額が滞納処分費及び税金に先立つ債権額に充当して残余を生ずる見込みのない場合に滞納処分を行うことは滞納処分の目的を逸脱し、いたずらに滞納者を苦しめるのみで何等の実益もないからその執行を停止すべきものとしたのであつてこの規定に反してなされた公売処分は違法であつて取消されるべきものと解すべく、右昭和二六年改正法の文言に拘泥してかかる場合の滞納処分の執行停止を課税権者の自由裁量に属するものと解すべきでないと考える。してみると上記事実認定より明らかな通り本件公売処分は旧国税徴収法第一二条第一項の規定に違反してなされた違法な処分であることが明らかであるから爾余の点につき判断するまでもなくこれを取消すべく、又原告において右公売処分につき昭和三三年六月九日地方税法第二〇〇条第一項第二項により被告に対し異議申立をなしたところ、被告において昭和三三年七月二八日右異議申立を棄却する旨の決定をなしたことは被告においてこれを明らかに争わぬからこれを自白したものとみなすところ、右異議申立棄却の決定も上記理由により失当であることが明らかであるからこれを取消さなければならない。よつて右公売処分及び異議申立棄却決定の取消を求める原告の本訴請求はこれを正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 石松竹雄 鈴木弘 横畠典夫)